スイスフランショックを真面目に研究しなきゃいけない時が来たかもしれない

スイスフラン・ショックのチャート

スイスフラン・ショックという事件をご存じだろうか。それは日本時間2015年1月15日午前10時30分に起きた。スイス中銀の唐突の発表によって世界中のFXトレーダーが一撃で破産へ追い込まれた事件である。CHFが暴騰し、USD/CHFでは2820pips、CHF/JPYでは驚異の3947pipsの変動が僅か20分のうちに起こったのだ。国内口座を使用していた多くの日本の個人トレーダーは証券会社側のロスカットが間に合わず追証を食らう羽目になった。

 

FXトレーダーなら誰しも名前を一度ぐらいは聞いたことがあるかと思うが、実際の全容を詳しく知る人はいないのだろうか。今回のブログは、現在の円がスイスフランに極めて近い状況に置かれている(もっとも、JPYのリスクは暴騰ではなく暴落だが、、)と思われるため、スイスフランで起きたこと及びその背景を研究することで、「中央銀行によって恣意的に歪められた通貨価値」というシナリオを学んで頭に入れ、これからのUSD/JPYに起きるであろう値動きを出来るだけ取り切ることがその目的である。

 

背景

スイスは高級時計や医薬品などの輸出に強い産業を古来より数多く持ち合わせており、そのおかげで長らく経常黒字を享受してきた。日本もそうである(あった?)ように、経常収支が黒字の国の通貨は上昇バイアスに常に苛まれている。

1983~2015にかけてのスイスの経常収支を表すグラフ(単位:100mUSD) 出典:CEIC

この莫大な経常黒字を背景に、2000年初頭には1ドル1.8スイスフラン前後であったところが、リーマンショックによるリスクオフも受けて2008年には0.8スイスフランまで上昇することとなる。

輸出品の強いスイスは歴史的に高スイスフラン圧を受け続けてきた。1970年代には外国人の預金に対してマイナス金利を付与したり、当時のドイツマルクに対しスイスフラン相場の上限を定めたりしたが、いずれも大きな効果は得られなかった。そこで自国の強い輸出産業を守るため、2011年9月6日午前10時、当時のスイス国立銀行SNB)総裁、フィリップ・ヒルデブラント氏はついに思い切った政策を発表する。それはユーロに対して1EUR=1.2CHFを絶対防衛ラインと定め、EUR/CHFが1.2に達し次第スイス中銀が無制限のフラン売りを実施しスイスフランを安く抑えるという政策である。

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日本と同じく自国通貨高に苦しむスイスが苦肉の手段に踏み出した。スイス国立銀行中央銀行)は6日、過去最高値圏に上昇したスイスフラン相場を押し下げるため、1ユーロ=1.2スイスフランの上限を設けてユーロ相場に連動させる異例の通貨政策を導入。上限以下に抑えるため無制限にスイスフラン売り・ユーロ買いの介入を実施するという。通貨高を是正できなければ同行は巨額の損失を被りかねず、大きな賭けに出た。主要7カ国(G7)の一角を占める日本は同様の措置は取りにくく、通貨高対策に課題が残る。

 

金融情勢が安定しない発展途上国の話ならいざ知らず、スイスのような先進国がこのような思い切った政策を発表したのは市場にとって随分サプライズを持って受け止められたようだ。

 

変化

2014年、デフレ転落の瀬戸際に瀕していたユーロ圏では、欧州中銀による追加の量的緩和政策が導入されることがまことしやかに噂されていた。当時欧州では下限金利となる中銀預金金利が既にマイナス圏(-0.2%)であったため、①EU国債の購入(ギリシャ除く)②預金金利の更なる引き下げ、などの政策が実行されるものとみられていた。

この政策は当然ユーロ安を引き起こす。こうなるとスイスフランにかかる上昇圧力がさらに高まることとなる。勿論スイス政府は自国通貨売りの為替介入を行っているため上限はないが、3年4か月に渡ったドル買いフラン売りの介入により当時の外貨準備高は既にGDPの70%にも上っており、もし仮に1.2フランの絶対防衛圏が破られればSNBの為替差損(含み損)がBSに与える影響も問題視される可能性があった。

政策の持続可能性が不確かになったことから、2015年1月15日、何の前触れもなく(3日前の12日には今後も為替介入を継続するという旨の発表までしている!)スイス中銀は為替防衛策の撤廃を発表し、上で述べたような急激なスイスフランの急騰を引き起こした。

これを受けてスイス株は全面安となった。また多くの個人トレーダーが巨額の損を被ることとなった。海外FX業者ではゼロカットシステムといって追証が発生しない仕組みとなっているのだが、国内業者の利用者では追証を求められ破産する者もいたらしい。(もっとも、発表直後は殆どの業者のサーバがダウンしたおかげで、ド底での追証ではなく、システムが復旧した時に付けたある程度上の値でのロスカットとなったため、我々が想像するほどのダメージではなかったという)

海外業者のゼロカットシステムによりユーザーのロスカが間に合わなかった分を負担することとなり、大手業者のアルパリUKなどもこの時破産するなどの影響が見られた。

 

その後

そのままフラン高が進むかと思われたが、殆ど全ての通貨に対して10%高程度の水準に切り返し、そのまま推移していった。3月には①預金金利の-0.2%→-0.3%への引き下げ②毎月600億EUR国債買い入れ を軸とする量的緩和政策がECBによって発表された。

瞬間的な影響こそ極めて大きかったものの、全体としては比較的短時間でショックが吸収される形となった。

 

教訓

ERMのバスケットに紐づけされたポンドしかり、政府当局によって為替をファンダメンタルから乖離した水準に維持することは不可能であることがよく分かる。イングランド中央銀行の場合は自国通貨高を維持する目的であったが、理論上無制限に行える自国通貨安防衛ですらこのような市場からの圧力に屈してしまう。今の日銀はむしろイングランド中央銀行と重なるだろうか。(そっちも研究したい)

 

まとめ:

①日銀が緩和的である限り円高には傾かない(リスクオフを除く)ので、ドル円の下げは押し目と考えてガンガン買うべき

②円上昇のきっかけは世界的な不況によるリスクオン相場か、日銀が継続的な追加利上げを匂わせた場合の二つに限られる可能性が高い。前者はリスクオン=円高と15年前の常識を使い続けていいか不透明、後者は日本経済の本質的なぜい弱さを考慮するとシナリオとして極めて薄い

③日銀もボラティリティではなく水準に言及するようになるかもしれない。その場合、SNBにように152円を絶対の防衛圏にする、と宣言する可能性も考えられる。

④③において、いずれ政策撤回を強いられる日が必ず来るので、その時は170円まで一気に急騰しそのあと160円ぐらいまで下げる(もしくは200円を目指すなど)ような急激な値動きを想定しておく必要がある